システム保守の引き継ぎ資料とは、担当者が替わっても同じ品質でシステムを動かし続けられるように、「何があり・どこにあり・どう動かし・困ったら誰に聞くか」を一冊にまとめた文書です。業務の引き継ぎ書と違うのは、環境やアカウント、リポジトリ、デプロイ、監視、障害対応、外部サービスの契約といった「システム固有の持ち物」を漏れなく渡す必要がある点です。そして、資料を渡すだけでは完了せず、受け取る側が1人で作業できることを確認して初めて引き継ぎが終わります。

この記事では、システム保守で渡すものの一覧表、コピペで使える Markdown テンプレートと、架空の「社内向け備品管理システム」の記入例、並走期間を含む進め方と「やってみせる → やってもらう」確認表、シークレット(パスワードや API キー)の安全な渡し方、引き継ぎ漏れチェックリスト30項目と受け取る側の確認質問リストをまとめます。チェックリストの進み具合や .env のキーの差分を数える小さなスクリプトも、実行結果つきで載せました。

システム保守の引き継ぎで渡すもの一覧

まずはこの表の11項目がそろっているかを確認します。「形式」と「受け取れたかの確認方法」まで決めておくと、渡したつもり・受け取ったつもりを防げます。

No 渡すもの 中身 形式・置き場所の例 受け取れたかの確認方法
1 環境・アカウント台帳 本番・検証・開発の各環境、URL、サーバー・クラウドのアカウント、権限の種類と持ち主 表(Markdown・スプレッドシート)。パスワードは書かない 受け取る側が各環境に自分のアカウントでログインできる
2 構成図 サーバー・DB・外部サービス・ネットワークのつながり、データの流れ Mermaid・draw.io など、リポジトリで管理 図を見ながら受け取る側が口頭で説明できる
3 リポジトリとブランチ運用 リポジトリ一覧、ブランチの使い方、レビューの決まり、タグの付け方 README と引き継ぎ書からリンク clone してローカルで起動できる
4 ビルド・デプロイ手順 ビルド方法、デプロイの流れ(CI/CD)、切り戻し方法 リリース手順書・CI 設定ファイル 検証環境へのデプロイを1人でできる
5 定期作業 日次・週次・月次・年次の作業、手順、所要時間 定期作業一覧表 + 各手順書 次回の定期作業を受け取る側が担当する
6 監視とアラート 監視項目、しきい値、通知先、ダッシュボードの場所 運用設計書・監視ツールの設定 ダッシュボードの見方を説明できる。通知が届く
7 障害対応の手順 一次対応の手順、判断の分かれ目、エスカレーション先、過去の障害 障害対応手順書・障害報告書の一覧 過去の障害を題材に一次対応を説明できる
8 問い合わせ対応 窓口、よくある問い合わせと回答、対応の期限、記録の場所 FAQ・問い合わせ管理ツール よくある問い合わせに1人で回答できる
9 未解決の課題 既知の不具合、保留中の改修、技術的負債、決まっていないこと 課題管理ツールのラベル・一覧 優先度の高い課題を受け取る側が説明できる
10 関係者の連絡先 利用部門の窓口、開発者、インフラ担当、外部サービスのサポート窓口、承認者 連絡先表(役割で書く) 主な関係者にあいさつ・顔合わせが済んでいる
11 外部サービスの契約・更新日 ドメイン、SSL 証明書、クラウド、SaaS、ライセンスの契約者・更新日・支払い方法 契約・更新日一覧 + カレンダー登録 直近の更新日がカレンダーに入っている

本記事の内容は、ご自由にお使いください。
ご利用の際は、出典として本ページへのリンクを記載いただけますようお願いします。

(記載例)出典:株式会社RJC「引き継ぎ資料の書き方|システム保守テンプレートとチェック表」

引き継ぎ資料と、ほかの文書との役割分担

引き継ぎ資料は「全部を書き直す文書」ではなく、「どこに何があるかを示し、足りない部分を補う文書」です。すでにある文書は、引き継ぎ書からリンクして使います。

文書 役割 引き継ぎ書との関係
運用設計書 監視・バックアップ・運用体制などの「決まりごと」 監視とアラート、定期作業の章からリンクする
リリース手順書 本番環境を変更する作業の手順と切り戻し デプロイの章からリンクし、並走期間に一緒に使う
障害報告書 起きた障害の経緯・原因・再発防止策 「過去の障害」として一覧にし、読む順番を示す
README リポジトリの概要、セットアップ、起動方法 リポジトリの章からリンクする。足りない手順は README に追記する
引き継ぎ書 上の文書の地図 + 文書になっていない知識(経緯・判断・注意点・人) この記事のテンプレート

運用設計書、リリース手順書、障害報告書、README の書き方は、それぞれの記事で詳しく扱っています。この記事では、それらを「どう束ねて渡すか」と「受け取る側が1人でできるまでの進め方」に絞ります。

引き継ぎ書にしか書けないのは、次のような「文書になっていない知識」です。

  • 経緯:なぜこの構成なのか、なぜこの設定値なのか(例:夜間バッチが 2:00 ではなく 3:30 なのは、バックアップと重ならないようにするため)
  • 判断:どこまでなら1人で判断してよいか、誰の承認が必要か
  • 注意点:手順書どおりにやるとつまずく箇所、時期によって変わる作業量
  • 人:誰に何を聞けばよいか、利用部門の窓口の人柄や連絡しやすい時間帯

引き継ぎ書の構成

次の12章で構成すると、上の一覧表の11項目をすべて収められます。

章 見出し 書くこと
0 基本情報 システム名、引き継ぎ元・先、期間、承認者、この文書の更新日
1 システム概要 目的、利用者、主な機能、利用時間帯、重要度
2 構成 構成図、使っている技術とバージョン、外部連携
3 環境・アカウント台帳 環境一覧、アカウントと権限、シークレットの保管場所(値は書かない)
4 リポジトリとブランチ運用 リポジトリ一覧、ブランチ、レビュー、タグ
5 ビルド・デプロイ 手順書へのリンク、CI/CD の場所、切り戻し
6 定期作業 日次・週次・月次・年次の一覧
7 監視・障害対応 監視項目、アラートの通知先、一次対応、エスカレーション、過去の障害
8 問い合わせ対応 窓口、よくある問い合わせ、対応の期限
9 未解決の課題 既知の不具合、保留中の改修、注意点
10 関係者・外部サービス 連絡先、契約・更新日
11 引き継ぎの進め方と確認 スケジュール、確認表、チェックリスト、残課題

コピペ用 Markdown テンプレート

そのまま貼って、{ } の部分を埋めて使えるテンプレートです。Markdown で書いておくと、リポジトリや社内 Wiki で差分を見ながら更新できます。

# 引き継ぎ書:{システム名}

## 0. 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| システム名 | {システム名} |
| 引き継ぎ元 | {氏名・所属} |
| 引き継ぎ先 | {氏名・所属} |
| 引き継ぎ期間 | {開始日} 〜 {完了日}(並走期間:{開始日} 〜 {終了日}) |
| 承認者 | {氏名} |
| 文書の最終更新日 | {YYYY-MM-DD} |

## 1. システム概要
- 目的:{何のためのシステムか}
- 利用者:{部署・人数の目安}
- 主な機能:{機能を3〜5個}
- 利用時間帯:{平日 9:00〜18:00 など}
- 止まったときの影響:{誰が何をできなくなるか}

## 2. 構成
- 構成図:{リンク}
- 技術とバージョン:{言語・フレームワーク・DB・OS とバージョン}
- 外部連携:{連携先と方式}

## 3. 環境・アカウント台帳
| 環境 | URL | サーバー・サービス | アカウントの発行方法 | 権限の申請先 |
|---|---|---|---|---|
| 本番 | {URL} | {ホスト名・サービス名} | {方法} | {申請先} |
| 検証 | {URL} | {ホスト名・サービス名} | {方法} | {申請先} |

- シークレットの保管場所:{パスワード管理ツールの保管庫名・シークレット管理サービスのパス}(値はここに書かない)
- 引き継ぎ元のアカウントの扱い:{停止日・権限の削除日}

## 4. リポジトリとブランチ運用
| リポジトリ | 内容 | URL | README |
|---|---|---|---|
| {名前} | {アプリ/インフラ定義など} | {URL} | {リンク} |

- ブランチ:{main・develop・`feature/*` などの使い方}
- レビュー:{必要な承認数、誰がレビューするか}
- タグ・バージョン:{付け方}

## 5. ビルド・デプロイ
- リリース手順書:{リンク}
- CI/CD:{サービスと設定ファイルの場所}
- 切り戻し:{方法と判断基準のリンク}

## 6. 定期作業
| 頻度 | 作業 | 手順書 | 所要時間 | 次回予定日 |
|---|---|---|---|---|
| 日次 | {作業} | {リンク} | {分} | ― |
| 月次 | {作業} | {リンク} | {分} | {日付} |
| 年次 | {作業} | {リンク} | {分} | {日付} |

## 7. 監視・障害対応
- 監視ダッシュボード:{リンク}
- アラートの通知先:{チャンネル・メール}
| アラート | 意味 | 一次対応 | エスカレーション |
|---|---|---|---|
| {名前} | {何が起きているか} | {まずやること} | {誰に・どの条件で} |

- 過去の障害(読む順):{障害報告書へのリンクを重要な順に}

## 8. 問い合わせ対応
- 窓口:{問い合わせが届く場所}
- 対応の期限:{一次回答の目安}
| よくある問い合わせ | 回答・対応 |
|---|---|
| {内容} | {回答} |

## 9. 未解決の課題・注意点
| 課題 | 状態 | 優先度 | 経緯・メモ | チケット |
|---|---|---|---|---|
| {内容} | {調査中など} | {高・中・低} | {なぜ残っているか} | {リンク} |

- 経緯のメモ:{設定値や構成の理由}

## 10. 関係者・外部サービス
| 役割 | 氏名・窓口 | 連絡手段 | 備考 |
|---|---|---|---|
| {利用部門の窓口} | {氏名} | {チャット・メール} | {連絡しやすい時間帯} |

| 外部サービス | 用途 | 契約者 | 更新日 | 支払い方法 | 管理画面 |
|---|---|---|---|---|---|
| {サービス名} | {用途} | {部署} | {YYYY-MM-DD} | {請求書など} | {リンク} |

## 11. 引き継ぎの進め方と確認
| 作業 | やってみせる(日付) | 一緒にやる(日付) | やってもらう(日付) | 確認者 |
|---|---|---|---|---|
| {作業} | {日付} | {日付} | {日付} | {氏名} |

- [ ] {チェック項目}
- 残課題:{引き継ぎ完了時点で残るもの}

記入例:社内向け備品管理システム

架空の「社内向け備品管理システム」で、テンプレートを埋めた例です。ノートPCやモニターなどの備品を、貸出・返却・棚卸しで管理する社内システムを想定しています。

# 引き継ぎ書:備品管理システム

## 0. 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| システム名 | 備品管理システム(社内名:Bihin) |
| 引き継ぎ元 | 鈴木(情報システム課) |
| 引き継ぎ先 | 高橋(情報システム課) |
| 引き継ぎ期間 | 2026-10-01 〜 2026-11-13(並走期間:2026-10-19 〜 2026-11-13) |
| 承認者 | 佐藤(情報システム課 課長) |
| 文書の最終更新日 | 2026-10-01 |

## 1. システム概要
- 目的:社内のPC・モニター・会議室機材の貸出と棚卸しを管理する
- 利用者:全社員(貸出申請)、総務課 3名(承認・棚卸し)
- 主な機能:貸出申請と承認、返却登録、備品台帳、月次棚卸し、CSV 出力
- 利用時間帯:平日 9:00〜19:00(夜間はバッチのみ)
- 止まったときの影響:新しい貸出の申請ができない。返却は紙の記録で一時対応できる

## 2. 構成
- 構成図:docs/architecture.md(Mermaid)
- 技術とバージョン:Python 3.12 / Django 5.2、PostgreSQL 16、Nginx、Ubuntu 24.04
- 外部連携:社内の認証基盤(SSO)、メール配信サービス(通知メール)

## 3. 環境・アカウント台帳
| 環境 | URL | サーバー・サービス | アカウントの発行方法 | 権限の申請先 |
|---|---|---|---|---|
| 本番 | https://bihin.example.internal | app01 / db01 | SSO で自動 | 佐藤課長の承認 → 情報システム課 |
| 検証 | https://bihin-stg.example.internal | stg01 | SSO で自動 | 情報システム課内で付与 |

- シークレットの保管場所:パスワード管理ツールの保管庫「Bihin-運用」(値はここに書かない)
- 引き継ぎ元のアカウントの扱い:2026-11-30 に本番サーバーの sudo 権限を削除

## 4. リポジトリとブランチ運用
| リポジトリ | 内容 | URL | README |
|---|---|---|---|
| bihin-app | アプリ本体 | https://git.example.internal/it/bihin-app | あり |
| bihin-infra | サーバー設定(Ansible) | https://git.example.internal/it/bihin-infra | あり |

- ブランチ:main が本番。作業は `feature/*`、緊急修正は `hotfix/*`
- レビュー:1名の承認で main へマージ
- タグ・バージョン:本番反映時に v1.4.0 の形式でタグを付ける

## 5. ビルド・デプロイ
- リリース手順書:docs/release.md
- CI/CD:main へのマージで検証環境へ自動デプロイ。本番はタグを付けて手動承認
- 切り戻し:1つ前のタグを再デプロイ。DB 変更がある場合はリリース手順書の切り戻し欄に従う

## 6. 定期作業
| 頻度 | 作業 | 手順書 | 所要時間 | 次回予定日 |
|---|---|---|---|---|
| 日次 | バックアップ成功の確認(監視画面) | docs/ops/backup.md | 5分 | ― |
| 月次 | 退職者・異動者のアカウント棚卸し | docs/ops/account-review.md | 30分 | 2026-10-30 |
| 月次 | OS のセキュリティ更新(検証 → 本番) | docs/ops/patch.md | 60分 | 2026-10-21 |
| 年次 | SSL 証明書の更新 | docs/ops/cert.md | 30分 | 2026-12-15 |

## 7. 監視・障害対応
- 監視ダッシュボード:監視ツールの「Bihin」ダッシュボード
- アラートの通知先:チャットの #it-bihin-alert、夜間はメール
| アラート | 意味 | 一次対応 | エスカレーション |
|---|---|---|---|
| HTTP 5xx 率 5% 超 | アプリのエラーが増えている | 直近のデプロイ有無を確認し、あれば切り戻しを検討 | 15分で改善しなければ佐藤課長へ |
| ディスク使用率 85% 超 | ログか CSV 出力が増えている | docs/ops/disk.md の手順で古いログを圧縮 | 95% 超なら即時連絡 |
| バックアップ失敗 | 夜間バックアップが完了していない | ジョブのログを確認し、手動で再実行 | 2回続けて失敗したら連絡 |

- 過去の障害(読む順):2026-03 証明書の期限切れ → 2025-11 ディスク満杯 → 2025-06 SSO 連携の設定変更

## 8. 問い合わせ対応
- 窓口:チャットの #it-helpdesk(総務課からの問い合わせが中心)
- 対応の期限:一次回答は当日中
| よくある問い合わせ | 回答・対応 |
|---|---|
| 返却したのに「貸出中」のまま | 総務課が返却登録を忘れていることが多い。総務課に確認を依頼 |
| CSV が文字化けする | Excel で開く場合は「データ」→「テキストから」で UTF-8 を指定 |

## 9. 未解決の課題・注意点
| 課題 | 状態 | 優先度 | 経緯・メモ | チケット |
|---|---|---|---|---|
| 棚卸し画面が 3,000件超で遅い | 調査中 | 中 | 一覧でページ分割をしていない | #182 |
| Django 6 系への更新 | 保留 | 低 | 5.2 はサポート期間内。来年度に計画 | #175 |

- 経緯のメモ:夜間バッチが 3:30 開始なのは、2:00〜3:00 の DB バックアップと重ならないようにするため

## 10. 関係者・外部サービス
| 役割 | 氏名・窓口 | 連絡手段 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 利用部門の窓口 | 田中(総務課) | チャット | 月末は棚卸しで忙しい |
| インフラ担当 | 情報システム課 基盤チーム | #it-infra | サーバー再起動は事前連絡 |

| 外部サービス | 用途 | 契約者 | 更新日 | 支払い方法 | 管理画面 |
|---|---|---|---|---|---|
| SSL 証明書 | HTTPS | 情報システム課 | 2026-12-15 | 請求書 | 証明書サービスの管理画面 |
| メール配信サービス | 通知メール | 情報システム課 | 2027-03-31 | 請求書 | サービスの管理画面 |
| ドメイン | example.internal の外部向け | 総務課 | 2027-05-20 | 請求書 | レジストラの管理画面 |

記入のコツ

章 コツ
システム概要 「止まったときの影響」と「一時的な代わりの手段」を書くと、障害時の優先度を判断しやすい
環境・アカウント台帳 パスワードは書かず「どこにあるか」と「どう発行するか」を書く
定期作業 次回予定日を書き、引き継ぎ期間中に1回は受け取る側が担当できるよう日程を合わせる
監視・障害対応 アラートごとに「意味・一次対応・エスカレーション」の3点をそろえる
未解決の課題 状態だけでなく「なぜ残っているか」を書く。経緯がないと優先度を判断できない
外部サービス 契約者と更新日に加えて、カレンダーに登録したかを確認する

引き継ぎの進め方

期間の目安と並走期間

引き継ぎ期間は「資料の説明」だけでなく、「受け取る側がひと通りの作業を1回ずつ担当する時間」を含めて組みます。月次作業を1回経験するには最低1か月かかるため、並走期間(引き継ぎ元と受け取る側が両方いる期間)に月次の作業日を入れることが大切です。

システムの状態 期間の目安(この記事での目安) 並走期間の考え方
小規模・定期作業が少ない・文書がそろっている 2〜3週間 週次作業を2回、受け取る側が担当できる長さ
中規模・月次作業がある 4〜6週間 月次作業を1回は受け取る側が担当する
年次作業(証明書更新・契約更新など)が近い 年次作業の日まで、または手順を検証環境で一度通す 本番の年次作業日が引き継ぎ後なら、その日だけ引き継ぎ元に確認を依頼できるようにしておく
文書が少ない 上の期間に1〜2週間を足す 文書を書く時間を先に確保する

期間はシステムの規模や体制で変わるので、「何を何回、受け取る側が担当できたか」で完了を判断します。

gantt
  title 備品管理システムの引き継ぎ(例)
  dateFormat YYYY-MM-DD
  section 準備
  資料の作成・更新            :a1, 2026-10-01, 10d
  アカウント・権限の発行       :a2, 2026-10-05, 5d
  section 説明
  全体説明・構成図の読み合わせ  :b1, 2026-10-13, 3d
  リポジトリ・デプロイの説明    :b2, 2026-10-15, 3d
  section 並走
  やってみせる・一緒にやる      :c1, 2026-10-19, 10d
  やってもらう(引き継ぎ元は見守り) :c2, 2026-10-29, 12d
  section 完了
  完了確認・権限整理           :d1, 2026-11-10, 4d

「やってみせる → 一緒にやる → やってもらう」確認表

作業ごとに3段階で進め、受け取る側が1人でできた日を記録します。資料を読んだだけの状態と、1人で作業できた状態を区別するための表です。

作業 やってみせる 一緒にやる やってもらう 確認者 確認の基準
ローカル環境の起動 10/15 ― 10/16 鈴木 README だけを見て起動できた
検証環境へのデプロイ 10/19 10/22 10/27 鈴木 手順書どおりにでき、確認項目を自分で判定できた
本番リリース 10/21 11/04 ― 佐藤 本番は「一緒にやる」まで。次回から主担当
OS のセキュリティ更新 ― 10/21 ― 鈴木 月次の作業日に合わせて実施
アカウント棚卸し ― 10/30 ― 鈴木 退職者・異動者の判定ができた
アラートの一次対応 10/20(過去の障害で説明) 10/28(検証環境で疑似アラート) 11/06 佐藤 一次対応とエスカレーションの判断を説明できた
問い合わせ対応 10/19〜 10/26〜 11/02〜 鈴木 1週間、受け取る側が一次回答を担当した

アラート対応のように本番で起きるのを待てない作業は、過去の障害報告書を題材に説明したり、検証環境で疑似的にアラートを出したりして練習します。本番リリースや年次作業のように引き継ぎ期間中に1回しかない作業は、「一緒にやる」までを完了条件とし、次回は引き継ぎ元に相談できるようにしておきます。

シークレット(パスワード・API キー)の渡し方

パスワードや API キーなどのシークレットは、引き継ぎ書やチャット、メールに値を書かずに渡します。引き継ぎ書には「どこにあるか」と「どう発行・更新するか」だけを書きます。

渡し方 向いている場面 理由
パスワード管理ツールの共有保管庫に受け取る側を追加 管理画面のログイン情報、外部サービスのアカウント 誰がいつ見たか・変えたかが残り、引き継ぎ元を外すのも1操作
クラウドのシークレット管理サービス(Secrets Manager、Key Vault など)の参照権限を付与 アプリが使う DB パスワードや API キー 値をコピーせずに済み、アプリと同じ場所で管理できる
個人アカウントの新規発行 サーバー・クラウド・管理画面へのログイン 共有アカウントを使わず、操作した人が記録に残る
有効期限つき・閲覧1回の共有リンク どうしても単発で渡す必要がある値 チャット履歴に残らない

値を渡した後にやること

  1. 引き継ぎ元だけが知っていた値は、引き継ぎ完了後に更新(ローテーション)する。更新の手順書がない場合は、引き継ぎ期間中に一緒に作ります。
  2. 引き継ぎ元の個人アカウント・権限を、決めた日に停止・削除する。台帳の「引き継ぎ元のアカウントの扱い」に日付を書いておきます。
  3. 共有アカウントが残っている場合は、個人アカウントへの切り替えを未解決の課題に入れる。

.env などの設定ファイルは、値ではなく「キーの一覧」を突き合わせます。次のスクリプトは、リポジトリにある .env.example と実際の環境のファイルのキー名だけを比べ、値は表示しません(Python 3.11、標準ライブラリのみ)。

# env_keys.py
""".env.example と実際の .env のキー(名前だけ)を比べる。値は表示しない。"""
import sys
from pathlib import Path

def keys(path: str) -> set[str]:
    out = set()
    for line in Path(path).read_text(encoding="utf-8").splitlines():
        line = line.strip()
        if line and not line.startswith("#") and "=" in line:
            out.add(line.split("=", 1)[0].strip())
    return out

example, actual = keys(sys.argv[1]), keys(sys.argv[2])
print("example にあり実環境にない:", sorted(example - actual) or "なし")
print("実環境にあり example にない:", sorted(actual - example) or "なし")

ダミーの値を入れた .env.example(DATABASE_URL・MAIL_API_KEY・STORAGE_BUCKET・SESSION_SECRET)と .env.production(DATABASE_URL・MAIL_API_KEY・SESSION_SECRET・LEGACY_EXPORT_TOKEN)で実行した結果です。

$ python3 env_keys.py .env.example .env.production
example にあり実環境にない: ['STORAGE_BUCKET']
実環境にあり example にない: ['LEGACY_EXPORT_TOKEN']

「実環境にあり example にない」キーは、文書に書かれていない設定です。何に使っているのかを引き継ぎ元に確認し、.env.example と引き継ぎ書に追記します。逆に「example にあり実環境にない」キーは、既定値で動いているのか、設定漏れなのかを確認します。

リポジトリの状況を把握する Git コマンド

受け取る側は、引き継ぎの初日にリポジトリの「今の状態」を把握しておくと、質問が具体的になります。次のコマンドは、架空の備品管理システムのリポジトリを模したデモで実行した結果です(git 2.43.0)。

$ git shortlog -sn --all            # 誰がどれだけコミットしているか
     4  鈴木
     1  佐藤
$ git branch -a --sort=-committerdate --format='%(refname:short) %(committerdate:short) %(authorname)'
main 2026-09-25 佐藤
hotfix/login-timeout 2026-09-05 鈴木
$ git tag --sort=-creatordate       # 本番に出たバージョン
v1.4.0
$ git branch --no-merged main       # main に入っていないブランチ
  hotfix/login-timeout
$ git log --since=2026-09-01 --oneline --all   # 最近の変更
baa6aa8 chore: 依存更新
585b0db fix: ログインのタイムアウト

git branch --no-merged main に出たブランチは、そのまま「確認質問」になります。この例では hotfix/login-timeout が main に入っていないので、「本番に反映済みか、不要になったか、作業途中か」を引き継ぎ元に確認し、未解決の課題に記録します。

引き継ぎ漏れチェックリスト30項目

引き継ぎ完了の前に、この30項目を引き継ぎ元と受け取る側の2人で確認します。「はい」と言えない項目は、未解決の課題として残すか、完了日を延ばして対応します。

No 分類 確認項目
1 概要 システムの目的・利用者・止まったときの影響を、受け取る側が説明できる
2 概要 利用時間帯と、作業してよい時間帯(メンテナンス時間)が分かる
3 構成 構成図が最新で、受け取る側が図を見て説明できる
4 構成 使っている技術のバージョンと、サポート期限が分かる
5 構成 外部連携の相手と方式、連携が止まったときの影響が分かる
6 環境 本番・検証・開発の各環境に、受け取る側が自分のアカウントでログインできる
7 環境 必要な権限が付与され、権限の申請先が分かる
8 環境 シークレットの保管場所に受け取る側がアクセスできる(値は文書にない)
9 環境 引き継ぎ元のアカウント・権限の停止日が決まっている
10 リポジトリ すべてのリポジトリを clone でき、README の手順でローカル起動できる
11 リポジトリ ブランチ・レビュー・タグの決まりが分かる
12 リポジトリ main に入っていないブランチの扱いが決まっている
13 デプロイ 検証環境へのデプロイを受け取る側が1人でできた
14 デプロイ 本番リリースを一緒に行った、またはリリース手順書で手順を確認した
15 デプロイ 切り戻しの方法と判断基準が分かる
16 定期作業 日次・週次・月次・年次の作業がすべて一覧になっている
17 定期作業 引き継ぎ期間中の定期作業を、受け取る側が1回は担当した
18 定期作業 年次作業の次回予定日がカレンダーに入っている
19 監視 監視ダッシュボードの場所と見方が分かる
20 監視 アラートの通知が受け取る側に届く設定になっている
21 障害対応 アラートごとの一次対応とエスカレーション先が分かる
22 障害対応 過去の主な障害報告書を読み、原因と対策を説明できる
23 障害対応 バックアップの場所と、復元の手順が分かる(検証環境で試した)
24 問い合わせ 問い合わせの窓口と対応の期限が分かる
25 問い合わせ よくある問い合わせに1人で回答できる
26 課題 未解決の課題が一覧になり、優先度と経緯が書かれている
27 関係者 主な関係者に引き継ぎを知らせ、顔合わせが済んでいる
28 関係者 外部サービスのサポート窓口と、問い合わせに必要な情報(契約番号の保管場所など)が分かる
29 契約 ドメイン・証明書・クラウド・SaaS の契約者と更新日、支払い方法が分かる
30 完了 引き継ぎ後に引き継ぎ元へ相談できる期間と方法が決まっている

チェックリストの進み具合を数えるスクリプト

引き継ぎ書の中のチェックリスト(- [ ]・- [x])を Markdown で管理すると、進み具合と未記入の箇所を機械的に数えられます。次のスクリプトは、完了数・未完了の項目・「(未記入)」「TODO」「TBD」の残っている行を表示します(Python 3.11、標準ライブラリのみ)。

# check_handover.py
"""引き継ぎ書(Markdown)のチェックリスト進捗と未記入箇所を数える。Python 3.11 標準ライブラリのみ。"""
import re
import sys
from pathlib import Path

path = Path(sys.argv[1] if len(sys.argv) > 1 else "handover.md")
text = path.read_text(encoding="utf-8")

done = re.findall(r"^\s*- \[[xX]\] (.+)$", text, re.M)
todo = re.findall(r"^\s*- \[ \] (.+)$", text, re.M)
total = len(done) + len(todo)
print(f"チェックリスト: {len(done)}/{total} 完了 ({len(done) / total:.0%})" if total else "チェック項目なし")
for item in todo:
    print(f"  未完了: {item}")

blanks = [(n, line.strip()) for n, line in enumerate(text.splitlines(), 1)
          if re.search(r"(未記入)|TODO|TBD|xxx", line)]
print(f"未記入: {len(blanks)} 件")
for n, line in blanks:
    print(f"  {path.name}:{n}: {line}")
sys.exit(1 if todo or blanks else 0)

8項目中4項目に x を付け、未記入の行を2つ残した handover.md で実行した結果です。

$ python3 check_handover.py handover.md; echo "exit=$?"
チェックリスト: 4/8 完了 (50%)
  未完了: 検証環境へのデプロイを受け取る側が1人で実施した
  未完了: 月次のアカウント棚卸しを一緒に実施した
  未完了: アラート発生時の一次対応を受け取る側が1人で実施した
  未完了: SSL 証明書の更新日(2026-12-15)をカレンダーに登録した
未記入: 2 件
  handover.md:14: - バックアップの保存期間:(未記入)
  handover.md:15: - 外部メール配信サービスの契約更新日:TODO
exit=1

未完了・未記入があると終了コード 1 を返すので、週1回の引き継ぎ定例でこの出力を共有したり、CI で文書の更新時に確認したりできます。

受け取る側の確認質問リスト

受け取る側から質問すると、文書に書かれていない知識が引き出せます。引き継ぎ元が「当たり前」と思っていることほど文書に残りにくいので、次の質問を順に聞いていきます。

分類 質問
全体 このシステムで、いちばん気をつけていることは何ですか?
全体 1年の中で忙しくなる時期や、作業が増える時期はありますか?
構成 この構成・設定値になっている理由で、文書にないものはありますか?
構成 触るときに慎重になる設定やファイルはどれですか?
デプロイ 手順書どおりにやってもつまずきやすいのはどこですか?
デプロイ 切り戻したことはありますか?そのときの判断の決め手は何でしたか?
定期作業 手順書にない「ついでにやっている」作業はありますか?
監視 無視してよいアラート、すぐ動くべきアラートはどれですか?
障害対応 過去にいちばん時間がかかった障害は何で、何が分かれば早く直せましたか?
障害対応 夜間・休日に連絡が来たことはありますか?そのときの体制は?
問い合わせ よく問い合わせてくる人・部署と、その内容は何ですか?
課題 今いちばん気になっている課題は何ですか?なぜ残っていますか?
関係者 判断に迷ったとき、誰に相談していましたか?
契約 次に期限が来る更新は何ですか?更新の手続きで迷う点はありますか?
引き継ぎ後 引き継ぎ後、どのくらいの期間・どの方法なら相談してよいですか?

質問の答えは、その場で引き継ぎ書の該当する章に追記します。口頭のやり取りだけで終わらせず、次に担当が替わるときにも使える形にしておきます。

よくあるつまずきと対策

よくあるつまずき 起きること 対策
資料の説明だけで完了にする 最初の定期作業やアラートで手が止まる 「やってもらう」の日付が入ったら完了、と基準を決める
年次作業を引き継がない 証明書やドメインの更新日に気づくのが遅れる 契約・更新日一覧を作り、受け取る側のカレンダーに登録する
パスワードを引き継ぎ書やチャットに書く 文書の閲覧者全員が値を見られる状態になる パスワード管理ツールやシークレット管理サービスで権限ごと渡し、引き継ぎ後に値を更新する
引き継ぎ元のアカウントが残る 誰の操作か分かりにくくなる 停止日を台帳に書き、完了確認の項目に入れる
経緯が残らない 設定を「整理」したつもりで、意図した動きが変わる 未解決の課題と「経緯のメモ」に理由を書く
引き継ぎ書を作って終わる 半年後には内容が古くなる リポジトリや Wiki で管理し、構成・手順を変えたら同じ変更で更新する

よくある質問

Q. 引き継ぎ資料は、引き継ぎ元と受け取る側のどちらが書くものですか? A. 骨組みと事実(環境・アカウント・契約など)は引き継ぎ元が書き、説明を受けながら受け取る側が追記・修正する分担がおすすめです。受け取る側が自分の言葉で書き足すと、理解できていない箇所がはっきりし、次の担当者にも伝わりやすい文書になります。

Q. 引き継ぎ期間が短く、並走期間を取れません。 A. 優先順位を「止まると困る作業」から付けます。障害の一次対応、デプロイと切り戻し、直近の定期作業と更新日の3つを先に「やってもらう」まで進め、それ以外は引き継ぎ書と確認質問リストで補います。引き継ぎ後に相談できる期間と方法を決めておくと、短い期間でも安心して担当を替えられます。

Q. Excel と Markdown のどちらで作るのがよいですか? A. どちらでも項目がそろっていれば機能します。システム保守では、リポジトリや Wiki で Markdown 管理すると、構成やコードの変更と同じタイミングで更新でき、差分も追いやすくなります。チェックリストを - [ ] 形式にしておけば、この記事のスクリプトのように進み具合も数えられます。

Q. 引き継ぎが完了したと判断する基準は? A. 「チェックリスト30項目がはい」「確認表の主な作業に『やってもらう』の日付が入った」「残課題が一覧になり、承認者が確認した」の3つをそろえて完了とするのが分かりやすい基準です。

まとめ

  • 引き継ぎ資料は 「何が・どこに・どう動かし・誰に聞くか」の地図 で、既存の運用設計書・リリース手順書・障害報告書・README へリンクして束ねる
  • 渡すものは 環境・アカウント台帳から外部サービスの契約・更新日までの11項目。受け取れたかの確認方法まで決める
  • 引き継ぎ書にしか書けないのは 経緯・判断・注意点・人 の4つ
  • 進め方は やってみせる → 一緒にやる → やってもらう。並走期間に月次作業を1回入れる
  • シークレットは 値を書かずに保管場所と権限で渡し、引き継ぎ後に更新。.env はキー名だけ突き合わせる
  • 完了前に チェックリスト30項目と受け取る側の確認質問 で漏れを拾う
  • 引き継ぎ書は 作って終わりにせず、変更と同時に更新する文書 として育てる

本記事の内容は、ご自由にお使いください。
ご利用の際は、出典として本ページへのリンクを記載いただけますようお願いします。

(記載例)出典:株式会社RJC「引き継ぎ資料の書き方|システム保守テンプレートとチェック表」

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